カテゴリ:震災 その後( 36 )

今日一日のこと


2015年3月11日、
春めいていた天候が一転、
昨日から降り続いた雪で真っ白の屋外。
朝からエッサホイサと雪かき。

子供の弁当づくり。
上の子、下の子ともに好物の
骨付き鶏の唐揚げ。

朝のラジオ番組で、
リスナーからの
「津波の犠牲になった
義兄への手紙」の朗読を聞き
涙。

ママ友から、
学校からもらった“がんばろう福島”の文字入りノートを
「なにを?」と怒って引き出しに突っ込んだ、という
彼女の10歳の娘の話を聞き、
しばし考え込む。

仕事中、夫に腹を立てたが、
明日何が起こるか分からんし...と
ひとまず今日は怒鳴るのをやめる。



いつもと変わりないけれど
いつも当たり前の全てに
妙に重みのある
今日一日だった。
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by wine-mura | 2015-03-11 22:27 | 震災 その後

初のペーパードライバー講習


ここ福島県郡山市で
小さな子供を育てる母にとって
「ペーパードライバー」など
贅沢極まりない他人事。

市バス以外の公共交通機関がないこの町では
学校や習い事の送り迎えで
車を運転しない日はない。

こんな私が今週
自動車学校で「ペーパードライバー講習」を
2度受講した。

毎年フランスに行くと
取引先のワイナリーを巡るのに
夫のお兄さんが運転手をしてくれていた。

ところが彼が最近
心臓発作で入院。
この夏はとにかく無理は出来ません、
とドクターストップがかかった。

仕方ない、
自分たちで移動するしかないね。

夫の実家の車はマニュアル車。
夫の免許はオートマ車オンリー。
車の持ち主のお義父さんは
運転はするけど、
80歳を超えた高齢で
遠出は全くしなくなった。

そこで白羽の矢が立ったのが私。

マニュアル車など
免許をとった20年以上前から
一度も運転してない。

フランス行きまであと2週間。
困った・・・

というわけで、久々の自動車学校。

クラッチってなんだっけ?
から始まって
エンスト数知れず。
良く免許取れたね、と自分に問いかける。

でもオモシロかった。

マニュアル車って
オートマに比べて
運転が格段忙しくなるけど
自分が車を操ってます、という気がする。

子育てに仕事にと
毎日忙しく
自分のための習い事など
縁のなかった数年間。
久しぶりに「先生」に何かを習った。
必要に迫られて、だったけど
学んだ事が身につくって
わくわくすることだな、と
改めて実感。

なにか習い事を
始めたくなった経験でした。
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by wine-mura | 2014-07-20 21:26 | 震災 その後

ホールボディカウンター検査


昨日3月31日、
夫と共に
ホールボディカウンターによる
内部被ばく検査を受けた。
ひと月ほど前
保健所から届いた通知文。
ようやく順番が来たのか、
というのが正直な感想だった。

検査着に着替えて
待つこと数分。

「両手の平を上にしてそこに立って下さい」

言われた通りにすると
マイクをでっかくしたような機械を手にした
目の前の女性が、
手の平から腕の辺りに
サササッ、と
それを軽くかざした。

「はいっ、身体表面にセシウムは感知されません。」

はっ?
冗談かと思う早技。


次に室内に入るように言われ
着席式のホールボディカウンターに座る。

「5分くらいかかりますから
 新聞でも読んでいて下さい」

置いてあった「福島民報」。
一面記事はその場にふさわしい
福島第一原発関連。
またもやトラブル、の話。

読んでいるうち
5分経過。

「内部被ばくは確認されませんでした。
 詳細は1週間以内に郵送します。」

被ばくナシ、なにを今さら、当たり前だろ、
と思いつつも
礼儀正しく礼を言い
退室した。

夫は我慢しきれず
3年経ってこの検査、
なんの意味があるのかね?
と質問したらしい。

答え。
今回の検査は
事故による被ばく検査というより
その後、食べ物などから
アナタの身体に取り込まれた
セシウムの有無を調べるのが
目的です。


終了後
夫と二人、顔を見合わせて
苦笑い。

受けないよりは受けとこう、
いつか健康上の問題が起きた時のために
受けとこう、
そう考えての検査だったけど
全て空々しく
なんの重みもなかった。

この検査同様
これからの
私達、子供たちの将来も
フワフワと平穏に過ぎてくれれば
と、願う。
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by wine-mura | 2014-04-01 22:43 | 震災 その後

福島県民としての望み


14時28分、夫が言った。
「ちょっと歩いてくるから」

外は風がビュービュー吹いて
雪までちらほら舞っている。

寒さにめっぽう弱い彼。
こんな天候の中
普段ならぜったい外出しないのに。
一体どうしたんだ、と思いながらも
いってらっしゃい と
送り出した。

ラジオをつけると
ちょうど三周年追悼式が
始まるところだった。

夫がそれを思って
いてもたってもいられず散歩に出たのか、
ただ、たまたまその時間だったのか
私には分からない。


今日は朝から
一人になるたび
あの日のこと、
その後の避難生活、
津波で大事な人を失った人たちのこと、
原発事故でメチャクチャになった福島、
そのせいで去ってしまった人々のこと・・・

考えっぱなしで、
泣いたり腹を立てたり、
一日中
心が休まらなかった。

日本中に住む誰もが
三年前のあの日を
思ったに違いない。

でも
原発事故後の福島に住む
私たち福島県民にとって、
三年前のあの日は
一年に一度思い出す日ではない。
日常生活の中で
目の前にある
見えない恐怖。

解決していない問題山積みでも
今、再稼働する価値のある原発?
やみくもに反対するつもりはないけれど
「福島の復興」を
最重要課題のひとつにしてる割には
誠意が感じられない決断。

そっくりそのまま家が残っているのに
愛しい我が家に
帰れない人たちを想う。
諦めきれない思いを
想像する。

福島が事故の犠牲になって
得られる物がなにもなくては
あまりにも情けないじゃない、と思う。

せめて「本当に」収束してからに
できないんでしょうか。
「想定外」続きで
さっぱりおとなしくならない原発をかかえる
一福島県民としての
当たり前の望みです。
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by wine-mura | 2014-03-11 23:04 | 震災 その後

3月11日に



昨日の3月11日。
朝一番の仕事は料理教室だった。
集まった生徒さんとの約3時間を和やかに過ごし
みんなが帰った後、
気持ち悪くて動けなくなった。
さっきまであんなにピンピンしてたのに!?
料理になにか問題があったのでは?
と心配したが、
同じものを試食した夫はケロッとしてる。

昨夜は結局
ムカムカが治まらずに何も手につかず
明日になったらすっきりしますように
と祈りながら
いつもより大分早く床についた。

ここ数日、
二周年記念特番やら何やらが溢れかえり
泣いたり腹を立てたり夫と激論したり
自分の感情にもみくちゃにされて過ごした。
きのうのムカムカはそれが身体に出たのでは?
とまじめに思う。

今日から“3年目”。
だれかが昨日のことを
「節目の日」と呼んでいたけど
今日は昨日までと
全く同じように始まった。

子供の外遊び、
食べ物の産地、
風の強い日のマスク、
一日に何度も聞く「除染」と「各地の放射線量」、
胸に突っかかるこれら諸々は
節目が来たからって
消えてなくならない。

壊れたモノは作り直せるけど
ばらまかれて消えないものが
ずっと残ってる。
ものすごいパワーで
住んでる人まで県外に押しやって。



大切な人を失うことなく
家族と一緒にいられる幸せをかみしめよう
と、自分に言い聞かせる。

世の中は不条理ばかりが幅を利かせ
正義の肩身は狭いもんだ、
不平不満は何の役にも立たない、
前向きに行こう、
と、自分に言い聞かせる。


それでも負の感情に押しつぶされそうな時は
大声で文句のひとつも言いたくなる。
なんで忘れるの?って。

福島はまだ復興以前です。
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by wine-mura | 2013-03-12 13:01 | 震災 その後

息子の甲状腺超音波検査


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検査後、帰宅して3分で寝た。疲れたよね。


今日、
息子の甲状腺超音波検査があった。

ほとんど心配しないで会場に向かったけど、
福島医大のスタッフの細かい説明を聞いているうち
なんだかだんだん、不安になってきた。

順番が来て
大きなベッドに仰向けになる息子。
まだベッドの半分くらいにしかならない背丈。
緊張しているのか
つま先までピーンとのびてる。

超音波検査の画面に映し出される
息子の甲状腺。
似たようなエコーの画面を最後に見たのは
この子がお腹にいた時だった。

可哀想だと思ったのとは違う。

ただ、こんなお天気の良い
気持ちのいい日に、
なんの罪も無い子供らが
外で思い切り遊ぶ代わりに
なんでこんなトコで
揃いも揃って横になってなきゃならないのか。

じわじわ腹が立った。

過去を変えることは出来ないから
出来ることは一生忘れないこと。
いつまでも腹を立てるのは疲れるけど
これは「ま、いいか」では
決して済ませられないこと。

原発を育ててきたのは私達大人で
事故後最大の被害者は子供達。

これからどうして行かなきゃならないか
暗闇の中に答えを探し続けよう。

子供達のために、
改めて誓った。
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by wine-mura | 2013-03-04 21:38 | 震災 その後

みんなで作ったガレット・デ・ロワ


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昨年、夫と二人で
「郡山こども日仏&異文化交流協会」
という会を立ち上げた。
原発事故後、
福島に住み続ける子供達のために
何かできることはないかと考えて
たどり着いた答えがこれ。

夫がフランス出身なので
かの国の文化を
郡山で体験できる場所を作ろう、
ということで始めたこの会。

今回は、フランスで新年に食べる習慣のある
「ガレット・デ・ロワ」を
子供達と一緒に作って食べた。

子供16名、大人9名の参加者みんなで
ワイワイ作ったガレット。
クリームの中に
陶製のちっちゃなお人形を
隠して焼くこのお菓子。

クリームにズブッと潜り込むお人形を見ては笑い、
溶き卵をパイ生地に塗っては大騒ぎし、
何がそんなに可笑しいのか
つられて笑ってるうちに
2時間が瞬く間に過ぎた。

楽しかった!
美味しかった!
の子供達の言葉と笑顔。

楽しい想い出がひとつひとつ積み重なって
「幸せだった」と思い返すことができる子供時代が
この子たち全てに約束されますように。


@ 写真の「ガレット・デ・ロワ・オ・ショコラ」のレシピは近日中にアップします。
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by wine-mura | 2013-02-11 22:45 | 震災 その後

花と詩のお茶会コンサート


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昨日、心温まるコンサートに参加した。

震災以降、
福島の花を日に一つずつ撮り続けている
郡山在住の写真家・野口勝宏さん、
その花の写真に一つの詩を添え続けている
詩人・マツザキヨシユキさんらが主催。

彼らは
原発事故があっても、
福島の花も自然も人も以前と同様に
美しく生き続けています、ということを発信したくて
「福島の花を広めるプロジェクト」を立ち上げた。

その活動の一環として開催されたこのコンサート。
お客さんのメインは仮設住宅に住む被災した人たち。

会場には花作家・橋本和弥さんの生けたレンギョウが。
高い位置のあちこちに生けられた花々は、
空から降り注ぐ太陽光のようだった。

レンギョウは「春を告げる」花だそうで
桜の少し前に咲くのだとか。
この日のために開花時期をハウスで調整した
という想いのこもった花々は
眩しいほどに鮮やかだった。

特別ゲストには音楽家・谷川賢作さん。
お父さんの谷川俊太郎さんが作詞した
「鉄腕アトム」のジャズアレンジをピアノで弾き語り、
野球の話からテレビの話から作曲の話、ect.と
あっちこっちに飛び回るトークで会場を沸かせ、
2時間が瞬く間に過ぎた。

ピアノの合間にはマツザキさんと
もう一人の、福島を応援する詩人・谷郁雄さんの
それぞれの詩の朗読もあった。

考えてみれば
花も、写真も、詩も、音楽も、
生活に絶対必要!というわけではない。

そんなことして食べて行けるの?!
と言われる類の職業を選んだこの人たち。

彼らは、果てしなく自由で
とことん信念があって
苦悩しながらもやっぱり前向き
というオーラを放っていた。

笑って泣いて考えた2時間。

あーやっぱり
人間で良かったな。
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by wine-mura | 2013-01-24 17:41 | 震災 その後

年賀状の言葉に想う


1月も10日を過ぎて
そろそろポストに入る年賀状も
終わりになる頃かな、と思う。

「まだまだ先は見えないけれど・・・・」
「大人が元気で頑張らないと・・・」
「楽観的には考えられない現状ですが・・・」

たくさん頂いた年賀状に
多く見られた言葉。

あれから2度目のお正月。
去年よりはお正月らしい賀状が増えたとはいえ、
以前は無かった言葉が並ぶ。

単に穏やかな気持ちで
新年を迎えることが出来るようになるのは
何年先なのか。

フクシマの記憶が風化する中で
節目節目に感じる
みぞおち辺りの負の塊は
そう簡単には取り払えない。
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by wine-mura | 2013-01-13 22:43 | 震災 その後

我が家のポインセチア


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昨年の年末、
東京に住む叔母が送ってくれた
巨大なポインセチア。

3月の原発事故以降
放射線の心配ばかりで
ほとんどモノクロの世界を生きた
私達の日常が突然
赤く照らされたようだった。

家の中に置いたそれは
暗闇の中でもボンヤリ赤く
そこから暖炉のように
熱まで発しているかのようだった。

月日と共にだんだん葉っぱが落ち
春になる頃には淋しい姿になって
なんだかそれを見たくなくて
家の隅っこに押しやった。

夏になり
しょんぼりそこにある
元(?)ポインセチアを
ダメもとでも、と庭に植えた。

ところがこれが正解。
秋になって葉っぱが元気になりだした。
どんどんどんどん大きくなって
今ではウチの5歳児の背丈の
半分以上に成長した。

葉っぱが上の方から
赤くなってきた今日この頃、
私達と冬を越して
また冬を迎えてくれるのか、
と感慨もひとしお。

命の強さとしぶとさを
全身で表しているこの植物に
どれだけガッツをもらっていることか。

またそのうち
我が家のポインセチアの
近況をお伝えします!
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by wine-mura | 2012-11-19 20:04 | 震災 その後